東京上野・御徒町に見るコリアンコミュニティ：戦後からの歴史と現代の様相
はじめに
日本各地に存在するコリアンタウンは、それぞれが独自の歴史的背景と社会的な文脈を持ち、多様な様相を呈しています。大阪生野や東京新大久保といった大規模な地域が広く知られていますが、首都圏には他にも歴史的に重要なコリアンコミュニティが存在します。本稿では、東京の上野・御徒町地域に焦点を当て、この地に形成されたコリアンコミュニティが、戦後復興期から現代に至るまでどのような変遷を辿ってきたのか、その歴史と現在の様相について探求します。上野・御徒町地域は、アメヤ横丁に代表される商業地としての側面だけでなく、多様な人々が行き交う交通の要衝でもあり、その複雑な地域性がコリアンコミュニティの形成と維持にどのように影響を与えてきたのかを考察することは、日本のコリアンタウン研究において重要な示唆を与えると考えられます。
戦後復興期におけるコミュニティの形成
上野・御徒町地域におけるコリアンコミュニティの形成は、戦後復興期の混乱期に端を発します。この時期、多くの人々が新たな生活の基盤を築くべく都市部に集まり、特に上野駅周辺は東北や北関東からの玄関口として活況を呈していました。物資不足の中、自然発生的に形成された闇市は、様々な人々にとって生計を立てる場となり、その中に朝鮮半島出身者も多く含まれていました。
特に、現在のアメヤ横丁一帯やその周辺のガード下、路地裏などでは、食料品、衣料品、日用品などの商売に従事する朝鮮半島出身者が増えていきました。彼らは同郷や親戚といった繋がりを頼りに集まり、互いに助け合いながら商売を行い、生活の基盤を築いていきました。こうした経済活動の集積が、後のコミュニティ形成の核となっていきます。初期のコミュニティは、特定の物理的な境界線を持つ「コリアンタウン」というよりは、商売のネットワークや居住の集積としてゆるやかに形成されていったと考えられます。
多様なルーツとコミュニティの様相
上野・御徒町地域に集まった朝鮮半島出身者は、そのルーツも多様でした。日本統治時代からの在日朝鮮人、戦後の引き揚げ者、そして経済的な理由などから新たに渡航してきた人々など、様々な背景を持つ人々が混在していました。また、政治的な立場においても、在日本朝鮮人総聯合会（朝鮮総連）や在日本大韓民国居留民団（民団）に関連する人々が混在し、あるいはそのどちらにも属さない人々も存在しました。
特に、上野・御徒町地域は朝鮮総連関連の施設や店舗が多く集まる時期があり、北朝鮮との繋がりが比較的強いコミュニティとして認識される側面もありました。これは、戦後の混乱期において特定の組織が生活支援や互助機能を果たしたこと、あるいは地理的な要因などが複合的に影響した結果であると考えられます。しかし、これは地域全体が一様な性質を持っていたことを意味するものではありません。同じ地域内においても、様々なルーツや政治的立場を持つ人々が隣接して生活し、あるいは商売を営んでいました。この多様性こそが、上野・御徒町コリアンコミュニティの歴史的な特徴の一つと言えます。
高度経済成長期以降の変遷と現代
高度経済成長期を経て、上野・御徒町地域も都市再開発や社会構造の変化の影響を受けました。かつて闇市として栄えた一帯は徐々に整備され、近代的な商業ビルが立ち並ぶようになりました。人々の生業も変化し、伝統的な商売からサービス業へと移行する者もいれば、地域を離れる者も現れました。
現代の上野・御徒町地域におけるコリアンコミュニティは、かつてのような明確なエスニックエンクレーブとしての様相は薄れつつあります。しかし、この地域には依然として、戦後の混乱期から続く老舗の焼肉店や、朝鮮食材店、あるいは朝鮮関連の出版物を取り扱う書店などが点在しており、歴史的な痕跡を確認することができます。また、一部の地域には高齢化しながらもコミュニティを維持しようとする人々がおり、他方で新しい世代や異なるルーツを持つコリアンも地域に関わっています。
今日のこの地域は、純粋な「コリアンタウン」というよりは、多国籍かつ多様な文化が混在する商業・居住地域の一部として、コリアンコミュニティが歴史的な繋がりを保ちつつ存在していると捉えることができます。その存在は、単一的なイメージで語られがちなコリアンタウンの多様性を示す貴重な事例と言えるでしょう。
結論
東京上野・御徒町地域におけるコリアンコミュニティの歴史は、日本の戦後史、都市の変遷、そして多様なルーツを持つ人々の営みが複雑に絡み合って形成されてきました。闇市に始まり、商売を通じて地域に根差し、多様なルーツや政治的立場を持つ人々が共存し、そして現代においてはその様相を変化させながらも存在し続けています。
この地域のコリアンコミュニティは、大阪生野や東京新大久保とは異なる歴史的文脈と社会構造の中で発展しており、その研究は日本のコリアンタウンの多様性を理解する上で不可欠です。単なる商業的な賑わいだけでなく、その背後にある人々の生活、苦難、そしてコミュニティ維持への努力に光を当てることは、文化人類学的な視点からも深い洞察をもたらすと考えられます。上野・御徒町地域に見られるコリアンコミュニティの多層的な歴史と現代の様相は、今後のさらなる探求に値するテーマと言えるでしょう。